先日、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」をようやく観に行くことができました。
ただの完全版やディレクターズ・カット版というのではなく、前作とは全く雰囲気の違う映画に。。
今回の記事では、「この世界の片隅に」と「さらにいくつもの」の違いや、リンや水原など追加シーンがあることで良くなったところ、逆に微妙に感じてしまった点など、つらつらと感想を書いていきたいと思います。
※旧作と新作の違いについて感想を書くことになるので、ネタバレあります。
「ネタバレなしでこの映画を観たい!」という方は、すみませんがこの先はお読み頂かないまま劇場へ足を運ばれることをおすすめします><
「この世界の片隅に」と「さらにいくつもの片隅に」の違いは?
「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」は、2016年に公開された「この世界の片隅に」に250カット以上もの追加シーンを加えた作品になっています。
2016年版の「この世界の片隅に」は、こうの史代さんの原作を隅から隅まで忠実に再現したものではなく、一部シーンをばっさりカットして制作されたアニメーション映画。
もともと予算が限られていて、クラウドファンディングで資金を集めながら作られた映画だったのですが、あと一歩のところで予算が十分に集まらなかったという大人の事情で泣く泣くカットされたシーンがいくつかあるんです。
(今回の「さらにいくつもの片隅に」で最も変わったのは、リンとすずさんのやりとりを原作どおりに描ききったところでしょう)
そのカットされたシーンを補完したのが、(さらにいくつもの)なんですね。
ただし、このアニメ映画の監督である片渕須直さんご自身が「(さらにいくつもの)は、長尺版でも完全版でもない」とコメントされているとおり、ただのディレクターズ・カット版とは違う印象を受けます。
「この世界の片隅に」と「さらにいくつもの片隅に」の違いはボリュームが増えたなどの単純な理由ではなく、そもそも映画そのものが全く別なものになった感さえあります。
「この世界の片隅に【2016年版】」と「この世界の片隅に【2019年版】」と区別する方が適切かもしれません。
2016年版は、第二次世界大戦中の広島や呉での、すずさんとその周りの生活を描く「日常もの」として描かれていました。
2019年版は、シーンの追加によって、リンという女性をとおしてのすずさんの嫉妬や葛藤が濃く描かれ、「恋愛もの」的な要素が色濃くなっています。
また、戦争に関連する戦闘シーンやカットも多数追加されたため、「戦時中のすずさんやその周りの人たちの日常を描いた作品」の「戦時中」というヘヴィな部分も濃くなった印象です。
そうやって250カット以上ものシーンが追加された2019年版の「この世界の片隅に」。
ただの完全版などではなく、片渕の言うとおり、全く違う映画として観ることができたのが、個人的にとても不思議な感覚でしたね。
(それにしてもこの世界の片隅にはBGMが本当にいい!最近はApple Musicのサブスクで、この作品のサントラばかり聴いてしまっています。)
「さらにいくつもの片隅に」のリンと水原の追加シーンが良かった
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「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」の内容が、2016年版と大きく変わって見える最大の理由は、何といってもリンに強くスポットが当たっていることでしょう。
生まれて間もなく母に捨てられ、人の家に内緒で住み込む孤児の時代を経て、遊郭で遊女として働くようになったリン。
彼女はすずさんの夫である北條周作と、かつて結婚直前まで進展した間柄だったことが作中で判明します。
さらに、すずさんがお嫁にくるようになった理由は、周作がリンではない「妥協した結果の二号」としてすずさんを指名していた(と少なくとも周囲の人は思っている)ことも。
それが明かされることで、徐々に2人が夫婦としての絆を深めていく過程を味わい深く読み取ることができます。
このリンとのエピソードがあるために、作品内の恋愛パートでは重みが全然変わってきます。
水原が北條家を訪れたときの、周作の水原への対応を受けての「あん人に腹が立って仕方ない」というすずさんのセリフや、後日、周作と喧嘩を繰り広げる際の「ほいでも周作さん、夫婦ってそんなもんですか?」というセリフも重みが全く違ってきますね。
また、周作がすずに語った「過ぎた事、選ばんかった道、みな、覚めた夢と変わりやせんな。すずさん、あんたを選んだんは、わしにとって多分最良の選択じゃ」というセリフもずしんと心に響きます。
そして、リンが空爆が原因で亡くなったところまでを描き、
また、リンの死後に、周作がすずさんとリンが友人になっていたことや自身がかつてリンと関係があったことをすずさんが知っていることまで全て踏まえていたことを示唆するシーンまでしっかり描かれました。
スイカのエピソードやアイスクリームのやりとり、テルとすずさんとのエピソードまで、全てのお話を原作通りに描ききってくれたことは、(さらにいくつもの)のスタッフさんに頭が下がる勢いです。。。すごく泣けた。
それに水原哲が学生時代にすずに暴力を振るうシーンの追加もよかった。このシーンがあることで、水原はかつては暴力的で野蛮な人物だったことが分かります。
すずさんは、暴力的な水原をかつては恋愛対象として見ていました。そしてすずさんのお兄ちゃん(鬼いちゃん)である浦野要一と水原は、同じガキ大将タイプの人間だったことも分かります。
このことから、すずさんはかつて、自分に暴力を振るうような野蛮なガキ大将を恐れながらも、その後ろに付いていくこと「暴力に屈することでその暴力の後ろに隠れ自分の身を守ってもらおうとする」弱い少女だったことも読み取れます。
しかし、すずさんが北條家に嫁ぎ暮らす中で強く成長し、水原よりも周作を選び、最終的には「そったら(そんな)暴力に屈するもんかね」とまで言えるようになります。
暴力に対して屈服するのではなく、「耐える」。
そんな心の強さをすずさんは持つようになるからこそ、敗戦後の「海の向こうから来たお米…大豆…そんなもんで出来とるんじゃろうなあ、うちは」「じぇけえ暴力にも屈せんとならんのかね」 のすずさんのセリフがより重々しくのしかかるんですね。
さらにいくつもの片隅にの追加シーンで微妙になってしまったところも・・・
250カットを越える追加シーンは、「この世界の片隅に」という作品に新しい風を吹き込んでくれたものなのですが、正直、このシーンの追加があることで「2016年版よりも微妙になってしまったなぁ・・・。」って部分もあります。
個人的には、リンやテルなど遊女とのエピソードと、水原の学生時代のエピソード以外の追加は無くてもよかったんじゃないか?と思います。
「さらにいくつもの片隅に」で追加されたシーンの多くは、モノローグなんですね。「このキャラクターは今何を思い何を考えて、今この行動を取っているのか?」という心象を描くためのものが多いです。
これが、よく言えば「分かりやすくなった」。正直に言えば「過剰になった」、「説明臭くなった」。というのが私の感想です。
水原が北條の家を訪れてすずさんと2人きりになったときの「すずは甘いのう」のシーンで、
「すずはいつまでも普通でおってくれ」のセリフの対比として水原の戦友が次々と亡くなっていく「自分はもう普通ではなくなってしまった」ことを説明するようなカットが入るのですが、
「これ、いるか・・・?」と思ってしまいました。ここはセリフの文脈から、水原の現状や心象を鑑賞者に想像させる余白があってもよかったのでは?と
こういう説明臭くなったシーンが随所にあって、この世界の片隅にの持ち味である「嬉しいシーンも悲しいシーンもあっさり描く」といういい意味での淡々とした感じが損なわれているんですね。
最終的にすずさんと周作の養子になった、例のグロいシーンで登場する、広島に落とされた原爆で母が被爆し戦争孤児になった女の子が、かつてお母さんと幸せに過ごしていた様子のカットもそうですし、演出が過剰になってしまっているんです。
(そこは淡々と出来事だけを描いてこそ、あの作中唯一のグロシーンが意味を持って際立つと思うのですが・・・。)
意図があってもなくても、モノローグや説明シーンが増えると、自然に演出はオーバーなものになっていきますし、
そうなればなるほど、鑑賞者が自分であれこれ「このシーンはどういう意味?」と考える余裕だったり、映画を観た後で原作マンガを読んで「あのシーンはこういう意味だったんだ!」と新しい発見をして感動する楽しみがなくなってしまいます。
そういう、良くも悪くも「スキのない映画」になったことが個人的には微妙だなぁーと思いました。
もっとも、私の場合は2016年版の「この世界の片隅に」を劇場で観て、その後に原作の漫画を読んで、
その後にこの世界の(さらにいくつもの)片隅にを観て・・・という流れで作品に触れたからそう思うのかもしれません。
予備知識なく初っ端から「さらにいくつもの〜」を観ていたら印象がまた変わっていたのかなぁ・・・。
この世界の(さらにいくつもの)片隅にの感想まとめ
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最後はちょっと微妙だなーと思ったところも書いてしまいましたが、「この世界の(さらにいくつもの)片隅」は素晴らしい映画です。
・リンを準主役級に重要なキャラクターとして配置してくれた点
・水原の学生時代のエピソードを追加してくれた点
この2つのエピソードが追加されたことで、「すずさんとはどういう女性なのか」がはっきり分かって、感情移入したり「それは違うんじゃないの?」と思ったり、ますます、すずさんが身近な存在として感じられるようになりました。
「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」は、あと2回くらいは劇場でしっかり観たい。そして映像も購入してさらに何度も観たい。
それくらい素晴らしい作品です。
劇場には、バスタオルを持参されることをおすすめします。たぶん、ハンカチでは涙を拭いきれないほど泣くと思うのでw
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