シン・ゴジラの登場人物の中でも、クセのあるキャラクターとして話題になった、石原さとみさん演じるカヨコ・アン・パタースン。
劇場で、またはDVDなどで映画を観た人たちからは、カヨコの演技が下手とか不自然だとかの避難があがっていますが、それは本当なのでしょうか?
今回の記事では、この石原さとみさんの演技について書いていきたいと思います。
シン・ゴジラで石原さとみの演技が下手?
以前の記事にも書いたとおり、庵野秀明さんが脚本、総監督をつとめたシン・ゴジラは、豪華キャストを一同に集結させた上で過剰な演技をさせないリアリズムに富んだ作品です。
長谷川博己さん、竹野内豊さん、市川実日子さん、柄本明さん、大杉漣さん、國村隼さん…他にも元AKBの前田敦子さんやKREVAさんなど、豪華過ぎる俳優陣が、
誇張なく淡々と台詞を紡いでいくことで、リアリティが生まれる作品でした。他のシーンが現実的な分、作品唯一のフィクションとしての存在であるゴジラが際立つという構造。
そんなシン・ゴジラの作中で異彩を放つのが、石原さとみさんの演じるカヨコ・アン・パタースンです。
日本語をベースにネイティブ風の英語を織り交ぜながらセリフを話す彼女の姿は、「淡々とセリフを読み上げることで作劇を練り上げる」シン・ゴジラの他のキャストと比べてもかなり異色なものでした。
その奇抜なキャラクターに衝撃を受けたためか、「石原さとみの演技が下手」とか「英語がルー大柴みたいで酷い」とか「あんなアメリカ合衆国大統領特使ありえない」とか、悪い評価も少なからず見られます。
なぜ、石原さとみさんのカヨコは、あのようなキャラクターになってしまったのでしょうか?
シン・ゴジラで石原さとみの英語力が酷い?
「Pentagonでは既にB83核弾頭の爆発規模選定と、有効な爆発高度設定のTeamが動いているそうよ」
「私の権限で知りうる情報はここまで。ここからは、Personal service!」
こんなふうに、日本語の間に挟まれる常用語として使われているいわゆるカタカナ英語を、すべてネイティブ的な発音に変換して話す石原さとみ演じるカヨコ・アン・パタースンはクセのあるキャラクターに映るのは確かです。
(ゴジラの発音も、「ガッズィーラ」です。笑)
ですが、実際にアメリカ滞在歴が長い日本人や、母国語が英語で日本語も話すといったバイリンガルの人は、特定の単語が、つい、ふだん親しんでいる方の言語の発音になってしまうのはよくあること。
作中の石原さとみの英語力を批判するような人に限って、自分は全く英語が話せない人である場合が多いです。笑
石原さとみさんの英語力がそんなに酷いか?というと、英会話教室のイーオンのCMを見ればわかるでしょう。
もちろん石原さんは日本語を母国語とする女優さんですし、バリバリのネイティブ英語を使えるか?というとそんなことはありません。ただし、ネイティブの人と円滑にコミュニケーションを取ることができるくらいの英語力は備えています。
日本語と英語を交互に織り交ぜながら話す石原さとみさんが、映画の中で不自然に映ってしまうのは、鑑賞者の私たち自身がバイリンガルの人と普段接する機会があまりないからという部分も少なからずあるように思えますね。
シン・ゴジラでのカヨコという不自然なキャラクター
それでは、なぜ、リアリズムを徹底的に追求し、「虚構はゴジラの存在ただひとつ」な設定のはずのシン・ゴジラに、カヨコ・アン・パタースンという(一見)不自然なキャラクターが使われるようになったのでしょうか?
これも以前の記事に書きましたが、日本人は本来、どんな場面でも基本的に語調が大きく変わりません。パニック映画などで俳優さんが大声で叫んだりオーバーアクションを取ったりすればするほど、嘘っぽくなってリアリティから遠ざかってしまいます。
基本的に淡々と話すのが日本語の特徴です。ハリウッド映画でそれをやるなら見事にハマるその公式を、そのまま日本の演技に当てはめて、痛々しいほど滑ってしまった作品を何作も観たことがあるのは私だけではないでしょう。笑
ところが、石原さとみさんのカヨコは、バリバリの日系アメリカ人という設定です。日本人の演技とは違い、アメリカの映画ではオーバーアクションが自然な演技に見えます。
いわば邦画の登場人物の中に、1人だけハリウッド女優が混ざっているような状態。
石原さとみさんの演技が下手なのではなく、一人だけハリウッド的なテイストの演技をする役者さんがいるため違和感があって不自然に見えるだけです。そして、この映画の場合は、そうやって不自然にならない方がおかしいんですね。
シン・ゴジラのゴジラは、人類全体を脅かす恐怖の対象として描かれています。これが「ゴジラを倒さなきゃ日本が危ない」だったら日本人の役者さんだけを登場させればいいけれど、
「ゴジラを倒さなきゃ世界が危ない」となれば、アメリカの原子爆弾投下、熱核攻撃の行使など、グローバルな事件に発展するのは必至。
カヨコ・アン・パタースンは、日本と世界を繋いでいる象徴として、絶対に存在していなければならないキャラクターなんですね。この不自然さこそがリアルなんです。
とはいっても、カヨコ役に石原さとみではなく、完全な海外女優を採用してしまっては不自然度が過ぎてしまいます。だから庵野秀明が絶妙なバランスを狙って日系アメリカ人として石原さんを起用したのでしょう。
シン・ゴジラと石原さとみについてまとめ
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石原さとみさんの英語力は、さすがにネイティブには及びません。石原さんが日本で活躍する女優さんである以上、それは当然です。
けれども、英語が下手か?というと決してそんなことはなく、ネイティブの人と流暢に会話を楽しむくらいの英語力を持っています。
普段バイリンガルの人と関わる機会が少ない私たちにとっては、英語と日本語をMIXして話すカヨコの存在は不自然に見えますが、バイリンガルの人がそういう話し方になるのは珍しいことでもなんでもありません。
また、物語が世界の危機とグローバルな展開になっていく以上、日本人の役者さんばかりの中に(設定上)アメリカ人が混ざって議論を展開させていくのは、一見不自然に見える状況こそが実は自然なんです。
この絶妙な庵野秀明のキャスト采配の中で生まれた、石原さとみさん演じるカヨコ・アン・パタースン。
作劇含め、カヨコ(そしてアメリカ人)の視点から、シン・ゴジラを改めて観てみるのも、新しい発見があっておもしろいかもしれませんね!
余談:ゴリゴリなハリウッド版のGODZILLAもそれはそれで個人的に好きです。笑
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